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           メール・マガジン

      「FNサービス 問題解決おたすけマン」

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    ★第048号       ’00−06−16★

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     二八の法則

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●あなたの<問題>を

 

一挙に8割ほど削減する方法があるんですがね、、 と持ちかけられたら、

思わず身を乗りだすでしょうね。 それとも、そんなうまい話、あるもんか!

本気にはなさらない、かな。

 

イタリアの経済学者ヴィルフレード・パレート (1848-1923) の説を当てはめ

れば、問題解決も、、 と言いたいが、いきなり「解決」には結びつかない。

取りあえず「減らす」ことは出来るだろう、というアプローチ。

 

 

なーんだ! とガッカリするのは、どうしても<解決>に腕を振るいたい、と

いう働きたがり屋さん。 その心がけは評価します。 でも、それじゃ疲れる

でしょう?  少しは楽な方法を考えても良い、、のでは?

 

「減らす」は「起きないようにする」、つまり<予防>の思想。 もし問題が

起きずに済むなら、その方が精神衛生には良いはず。 かの孫子も、戦うなら

勝つべきだが、それが最善ではない。戦わずに勝てればその方が、、 と。

 

<問題解決>にムナシサが伴うとすれば、それが本質的に一種の<やり直し>

でしかないから。 成功してもともと、成功しなければ二重の損。 それも

自分のヘマならともかく、誰かさんの後始末なんかやらされるのでは、ね。

 

その<やり直し>自体が仕事、という人は今回、対象外。 同じエネルギーを

費やすなら建設的に、、 苦労はいとわないが、するなら<実る苦労>を!

とは誰しも望むこと。  そのためには、どこに目を着けるべきか?

 

*   *

 

トリノ大学で数学の学位を得たパレートは、高等工業大学で工学を修めて鉄道

技師となり、フィレンツェにある製鉄所の総支配人も務めました。 「エンジ

ニエーレ」は直訳すれば<技師>。 けれども、どこかの国とは違い、あの国

では一種の称号、「ドクター」並みの尊敬を受けるのです。

 

 今はどうか知りませんが、私が旅した1960年代末頃には、イタリヤだけでは

 なくドイツも、<大学>はほんの数えるほど。 だから卒業者は、名実とも

 に<エリート>。 当時すでに、我が国の大学は<駅弁>化し、そんなのを

 出ても<尊敬>などされなくなっていました。 私もその一人だから、彼ら

 の威張りようがむしろ漫画的にすら思えましたが、、  余談はともかく、

 

エンジニエーレ・パレートは、実務のかたわら経済学にも手を広げ、発表した

数理経済学の論文が認められて1893年、ローザンヌ大学の教授に。 1896年、

経済学を数量的に扱った最初のものと言われる「経済学教程」を出しました。

その中の<所得の大きさとそれを保有する人員の関係を表わす方程式>が、

いわゆる<パレートの法則>です。 

 

*   *   *

 

国民所得の分布を調べると、少数の人が大部分の富を占有している。 世の中

とは不平等なもの。 それを図解したのはアメリカのローレンツ、1907年。

その<ローレンツ曲線>を品質管理に応用したのはジュラン。 QCで重要度

の判別に使われている<パレート図>なる折れ線グラフがそれです。

 

品質トラブルの内容を類別し、発生件数の多い方から並べた棒グラフとする。

その<棒>の先に、件数累計の折れ線を立ち上がらせる。  これを見れば、

 ・トラブルの種類や分布が一目瞭然。 

 ・どれを重点に対処すれば、全体的効果がどのくらい生じるか、

が予測できる、というもの。

 

<種類>が多数の場合、上位数項目で総件数の7、8割を占めるのが普通です。

それを少々オーバーに<2割のアイテムが結果の8割を占める>と。 これが

俗に言う<二八の法則>。 もとが統計数学だから、何にでも通用させられる。

 

*   *   *   *

 

「自動車交通事故を一挙8割、減らす方法がある!」と言われたのは故F先生

でした。 新規、継続、いずれの資格審査にも<クレペリン>(第46号参照)

を加え、HML式3分類の<L>と判定された人には免許証を発行しないこと

にすればそうなる、と。  しかし、

 

これは単にアイデア。 人権にも関わるので実施可能性は無いが、、とも。

長らくA県でその種の調査に当たられた故F先生。 自動車事故も人柄次第、

8割が<L>群の人によって起こされていたことが分かった、、 と。

 

<L>群への運転免許証交付とは、それにふさわしい素質をお持ちでない人に

高度な機械操作の権限を与えてしまうこと。 困るのはその<機械>、公共の

場を高速で走り回る。 間違えば、たちまち大きな危険を及ぼす凶器に、、、

 

ピン!と来るでしょ? 前47号で故F先生、<上>が<暗い色>の企業さん

は面倒をみても、、、とされたこと。

 

運転者、即ちドライバー。 <上>はドライブをかける、<駆り立てる>人。

どこへ向かうか、どのくらい速く走るのか、、  それがどんな<判断>に

基づくものやら、、、  命を託す側、気にしないわけには行くまい、と。

 

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●職場における問題

 

は、突き詰めれば、<上><下>を問わず、それに関わった人々の思慮不足や

判断の誤りから生じたものです。 しかし、誰もが問題を起こすわけではない。

 

(第47号参照)キャパシティが大きい、即ち精神健康度が高い、バランスの

良い<H>群の人々は、その恐れが少ない。 そこまで手放しの安心感は無い

にせよ、ともかく能力はある<M>の人々も、まあOK、、  かな。

 

自動車の運転においても、バランスの良い人は、難なく前後左右に気を配り、

速度や車間距離は適切、割り込みや飛び出しへの対処も的確。 ウロタエない

し、たとえ動揺しても収まりが速い。

 

一事が万事。 職場でも身のこなしにソツが無い。 トラブルの発生源になる

ことは滅多に無いし、万一の場合も冷静に対応できる。 人柄や能力が知れる

のはピンチに追い込まれた時、と言うくらい。  ところが、

 

<L>群は何ごとにおいても、オーバーかアンダー。 頃合いの良さ、という

ものが無い。 しかも対応自体が誤りであることも多い。 ブレーキ・ペダル

と間違えてアクセルを、とか、足はブレーキに置いていながら踏み遅れるとか。

 

自動車交通事故の場合、原因と結果が比較的に近接しているので、因果関係を

<クレペリン>で説明したり、人柄のタイプに分けて発生率を算定することも

容易です。 が、職場の<問題>には多くの因子が絡み合い、また<問題>の

質についての評価も一律ではあり得ないので、<何割>とは断定しにくい。

ただ、その多くに<L>的要素が伴っている、とは言えるでしょう。

 

え? そりゃキメツケだろうって?

 

 

いや、そうでもありません。 実際<何を考えているのやら?>なんですから。

これは組み立て作業に応募してきた人の例ですが、

 

驚いたことに、1分当たりの(ひと桁プラスひと桁の)加算作業が僅か10回

ほど。 F先生を煩わせるまでもなくこれは<L>レベル、サーモスタット屋

の基準では即決、不採用。 ですが念のため、F先生に尋ねました。

「この人、いったい何を考えていたんでしょうね?」

 

F先生いわく、「もちろん、足し算のことばかり、ですよ。」   なら、

もっと出来て良さそうに思いますが? 「いや、そのことだけ考えていながら

それしか出来ない。 それがその人のキャパシティ、というものです。」

 

単純な加算ですから、キャパシティの大きい人は、計算中、色々余分なことを

思い浮かべるものだそうで。 「この鉛筆、さっき削っておきゃ良かった」、

「もっと静かな場所でやらせて欲しかったな」、「あれ? この1分、長いな。

かけ声、忘れてるんじゃないか?」、「しかしくたびれた。 何でこんなこと、

しなくちゃならないんだ?」でも、100回くらいはこなし、誤答が無い、、、

 

毎度ながら人間は自分がモノサシ、そんな<H>を<L>は想像できません。

<H>は、なぜ<L>がそれしか出来ないのか、見当もつかない。 もちろん

普通、どちらも(自分および相手に対し)HやLの別を意識してはいない。

 

同じ文化の人間同士でも容易に<分かり合う>ことが出来ないのは、こんな面も

あってのことでしょう。

 

*   *

 

これまでの日本的経営慣行では、<上>、<下>、どちらも自由には選べない

仕組みでした。 が今後、(ススンダ企業では、もちろん、すでに)能力主義

や成果主義が徹底されて行くに従い、<選ぶ自由>を伴わせることが必要だと

いう認識も高まるはずです。 たとえば、

 

部門の責任者に<自らメンバーを選ぶ権限>など授けてくれないのに、遠大な

目標だけは設定させられる。 つまり、何から何まで<上>が決めておいて、

責任だけは「お前が取れ」。  そんなの、困るよ、、、。

 

当然、<昇格拒否>者も出て来る。 だから、「分かった。 じゃ、メンバー

を集めるのも任せる」と言ってもらえる日は遠からず来るだろう、、 と。

 

しかしその時には、どんな基準や方法でメンバーを選ぶか、あるいは<L>的

要素をどう排除するか、が部門責任者の大きな課題になるに違いない。  が、

 

それはさすがに Rational Process だけではどうにもならない。 分析シート

に記入しようにも、その方面の知識や経験が十分でないのが普通でしょうから。

 

とりあえず決定分析、「A部門、B業務担当メンバー獲得方法の選定」とでも

ステートメントを定め、これの MUST、WANT のうち、<その(未だ決まっては

いないが)方法によって得られる人材の特性>をシッカリ描き出すと、それが

そのまま<人材選抜基準>にはなるでしょう、くらいは言えますが。  また、

 

ほかの WANT に比べ、<人材特性>の重みがきわめて高いようなら、ステート

メントは「獲得方法」でなく「選抜方法の選定」とすべきかも知れません。 

 

そこまで形を整えた上で<人事経験者>にも加わってもらう、とすれば論議は

あなたが主導するものになるでしょう。

 

*   *   *

 

<L>排除だ? ひと様に区別をつけるなんてトンデモナイ!、 とお考えの

<上>に会ったことがあります。 クリスチャンでいらっしゃいましたがね。

逆らいも説得もしませんでしたが、その会社が何年来赤字体質を脱していない

のは感心しなかった。  多分、あの<お考え>のせいではあるまいか? 

 

職場は本来、目的社会。 企業は人なり。 <人>は何よりも大切な要素です。

メンバーを選別することは自由だし、むしろ必要。 申し訳ないが<L>の人

は採らない、すでに存在している<L>の人には授ける仕事の質や量の工夫で

<予防>を図るべき、と(普通の方には)お奨めしております。

 

*   *   *   *

 

なまじ<クレペリン>を知るが故に、また故F先生の説に傾倒した私であるが

故に、もっぱら<L対策>という論調になってしまいました。 しかし要点は

<キャパシティ下位2割>に着目して<問題の8割>を<予防>しよう、です。

 

まずスタンスを固めること。 そうすれば MUST、WANT も見えやすくなる、と。

                             ■竹島元一■

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